書店に行くと釣りのガイドブックをよく目にします。どんな道具をそろえたら良いか、日本各地のどこが釣りのポイントなのか、釣りの便利グッズなど、すぐに役に立つ情報を手に入れることができますが、釣りの醍醐味を知り、釣りがもっと面白くなる書籍を読んで知識を得たいと思います。今回は釣り関連書籍を5つ紹介します。
「オーパ!」 開高健
ブラジル釣り紀行
ノンフィクション作家の開高健(かいこうたけし/かいこうけん)がブラジルのアマゾン河で体験した釣りや現地に住む人々の生活について描いた本。「オーパ!」という本のタイトル名はブラジルの言葉で「おおーっ」という驚きの表現、ポルトガル語ではOPAと綴ります。1978年に雑誌PLAYBOYに連載され話題となり、単行本として出版されました。
脳裏に焼き付く衝撃的な表紙
人食い魚である「ピラニア」が鋭い歯をむき出しにした超どアップの写真が本の表紙となっています。ワタシが小学校低学年の頃、父がこの本を購入し、しばらくリビングに置きっ放しでした。もし、学校のプールにピラニアが紛れ込んでいたらどうなるのか?家のお風呂にはいないのか?もう当時は怖くて眠れませんでした。その当時は釣りに関する書籍だとはこれっぽっちも思いませんでした。ページをめくるとピラニアだけでなく、巨大ナマズなど奇妙な写真、牛を串に刺して丸焼きにして食べる様子の写真など、考えられないことが次々と目に飛び込んできて、幼いワタシにとってはまさに妖怪本でした。
壮大なスケールでの釣りの体験を教えてくれる貴重な物語
50歳を過ぎて趣味で再び釣りをするようになり、図書館で「オーパ!」を借りて読み直しました。しかも、今回借りたのは開高健の直筆原稿版でした。開高健がアマゾンの奥地に行き、世界の淡水魚で最大といわれる「ピラルク」を求めて旅をする様子がリアルに描かれており、面白く読むことができました。アラスカのキングサーモン釣りも迫力がありますが、アマゾン河に生育する「ピラルク」の他に全身が黄金色の「ドラド」、人を呑み込む巨大ナマズ、ノコギリザメ、そしてピラニアなどを求めて釣りするのは将に真の釣師による業ですね。でもやはり、ピラニアについて描かれたページは子供時代の恐怖がトラウマとなり興奮を抑えきれませんでした。
「釣師・釣場」 井伏鱒二
釣り好きが高じて筆名を鱒に
井伏鱒二(いぶせますじ)は広島県安那郡加茂村(現在は福山市)生まれの日本現代文学を代表する作家のひとり。本名は井伏満寿二だが、釣りが好きだったため筆名が鱒二となる。代表作「山椒魚」で文壇に登場。「ジョン万次郎漂流記」では直木賞を受賞しています。
著書「釣師・釣場」は釣好きで知られる文豪井伏鱒二が綴った釣りや地元で有名な釣師について書かれた短編のエッセイ。海釣り4編、川釣り7編、釣竿1編全12編から成ります。
日本各地の釣場でご当地釣名人にインタビュー
以下のとおりそれぞれの土地に有名な釣名人がいて、それぞれ独自の漁があります。
1.三浦三崎(神奈川県) 宮川春吉さん 鯛の名人
2.九十九里浜(千葉県) 田中浅吉さん 鯛とヒラメ釣り
3.利根川(千葉県佐原市) 真野源一さん 寒鮒釣り
4.尾道(広島県) 新田益太郎さん チヌとスズキ釣り
5.甲州(山梨県) 窪田樫良翁 ヤマメ
6.荒川(東京都) 阿佐ヶ谷の大谷さん ハヤ
7.最上川(山形県) 根上吾郎さん 川上のヤマメと河口のスズキ
8.長良川(岐阜県) 水野後八さん 鮎
9.奥日光(栃木県) ブンさんとミノルさん 鱒釣り
10.吉野(奈良県) 竹田平重郎さん 鮎
11.淡路島(兵庫県) ヒデさん(柏木秀次郎)鯛の名人
釣りを通じた人との交流
井伏さんはその土地土地にいる名人を尊敬し、名人に素直に習って釣りを楽しみ、それを文章にしたためました。釣りのHOW TO本とは異なり、人々との会話が中心に書かれており、人との触れ合いが目に浮かびます。海釣りのエピソードでは鯛が多く、川はヤマメが多いのは鯛釣りと釣り方が似ているからかもしれません。ワタシはもっぱら海釣りで川釣りはしませんが、釣りを究めていくと次第に川釣りに魅せられてれいくのでしょうか?ワタシも釣名人によく釣れる釣り方を教わりたいです。
「何羨録」 津軽采女
日本最古の釣り専門書
何羨録(かせんろく)は日本最古の釣専門書とされています。あの忠臣蔵の元禄時代に陸奥弘前藩に使えた旗本黒石津軽家3代当主津軽采女(つがるうぬめ)が書いたと言われています。
江戸湾の100ヶ所近い釣りポイントや仕掛けについて詳しく記載されており、「これ漁人道しるべの原本なり」との書き出しで始まります。
鉄砲洲より芝品川まで春鱠残魚(きす)の部
この歴史的な最古の釣り専門書の書き出しは江戸湾のキス釣りポイントから始まります。江戸の庶民にとってもキス釣りはポピュラーだったのでしょうかね。江戸の誰それの屋敷の前のどの場所にキスがたくさんいるというように、とても細かい釣りポイントが書かれています。インターネットも釣り新聞も無い時代に貴重な情報源だったと思います。
日本の釣り文学(別巻2)近世・釣り文学で発見
何羨録を読んでみたいと思いオンライン書店で検索しましたがヒットしません。代わりに新書で「何羨録を読むー日本最古の釣り専門書」小田淳著がヒットします。定価は1045円ですが、新品は在庫がなく、中古で2700円ぐらいで売られています。図書館に行って探したら、日本の釣り文学という全集のなかに「何羨録−抄」の一部が記載されていました。高校生以来の古文読解で少々読みづらかったですが、第一章の春のキス釣りの部分だけを読みました。釣りをする時期と釣り場、餌について詳細に書かれていました。まさに江戸時代の釣りのHOW TO本です。
「平成釣客伝」 夢枕獏
「陰陽師」の作者の釣り紀行
夢枕獏(ゆめまくらばく)さんの釣り紀行本です。著者夢枕獏さんは小説家で「陰陽師シリーズ」は映画にもなりました。釣りを趣味に持ち、日本のみならず、世界各地で釣りをしてエッセーに書き綴られています。夢枕獏さんの釣り人生のスタートは小学校2年生の頃、出身の小田原市でお父さんと一緒にやったフナ釣りだそうです。ご本人曰く、フナは粘らないと釣れないから子供には辛抱できない。18歳ぐらいからはじめた鮎釣りをするようになってから釣りにハマったそうです。
ペルー・アマゾン篇
海外はロシア・カムチャッカ半島、カナダ・キャンベルリバー、ペルー・アマゾンの3編、日本は川釣り7編、海釣り5編の12編からとなります。鮎づりが一番好きな夢枕獏さんなので、海より川のエピソードが多いのは納得です。海外では開高健さんの「オーパ!」と同様、アマゾン川に挑戦されました。ペルーのインカ帝国を征服したスペインの探検家フランシスコ・ピサロをテーマに小説を書くためにペルーに取材に行くのが目的だったとのことです。作家開高健が「アマゾンは釣っても、釣っても、釣りきれない」と表現した未知の世界に出会いを求めてアマゾンの源流に迫っています。
のべ竿で五目釣りのススメ
瀬戸内海の春の真鯛、能登半島の冬のタラ釣りなど、海釣り好きのワタシが目を引くエピソードがありますが、ワタシが一番興味深く読んだ記事は、静岡県下田市の防波堤からの五目釣りでした。特に印象に残っているのは、渓流用ののべ竿を使ってメジナを釣り上げるシーンです。玉ウキにガン玉おもりのシンプルな仕掛けで針にオキアミかアオイソメを餌に釣る。渓流用の竿なので魚の引きを敏感に捉えるのでしょう。25センチもあれば大物だそうです。魚種、サイズを気にせず分け隔てなく釣り家に持って帰り食す。つつましく、無理のない範囲で素朴な釣りを楽しみ、家族と一緒に食べて楽しむ釣り方に共感しました。
「釣バカ解体新書」 清水健太郎
H3見出し5-1 人生100年時代のライフワーク
上記4つの書籍とは異なり、ビジネス書のように書かれておりとても読みやすいです。第1章では先に紹介した開高健さんの「オーパ!」に出てくる中国の有名なことわざについて書かれています。
1時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
3日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。
8日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。
永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。
日本の釣り人口は640万人で20人に1人、釣りをしない人の方が圧倒的多数を占めます。一方、幸せになりたいと思っている人は圧倒的多数です。また、本書には出ていませんが、別の本でイギリスのことわざが出ていました。
1日幸せでいたかったら、床屋にいきなさい。
1週間幸せでいたかったら、結婚しなさい。
1ヶ月幸せでいたかったら、良い馬を買いなさい。
1年間幸せでいたかったら、新しい家を建てなさい。
もし、一生幸せでいたかったら釣りを覚えなさい。
中国のことわざも、イギリスのことわざも、結婚することによる幸せな期間が短かすぎるとワタシは思いますが、甘い新婚生活からすぐに厳しい人生を歩んでいかなければならない現実を示しているからなのかもしれません。いずれも釣りは一生幸せでいられるためのツールなのです。
ビジネス界で活躍中の著名人3名の釣りライフ
釣りをライフワークにするビックな3名のインタビューが掲載されています。
伊藤信一郎さん(ANAホールディング取締役会長)
寺畠正道さん(日本たばこ産業代表取締役社長)
山井太さん(スノーピーク代表取締役会長)
いずれも日本を代表する超大手企業の経営者です。休む日もなく週7日仕事しているイメージですが、皆さんちゃんと釣りを楽しむ時間を確保しています。スノーピークの山井会長は現在、単身でアメリカのポートランドに移住しアメリカ市場を開拓中です。当初は60歳になったら社長を退いて世界中を釣り歩きたいと思っていたのに、アメリカのアウトドア市場は日本に比べると大きいのにスノーピークのブランドはまだ浸透できていないなあと感じたとき、ご自身が行くしかないなあと覚悟を決められた。その一方で、平日は午後3時に仕事を終え2日、土日2日を加えて週4日間は釣りができる。年間150日以上釣りに行けるなら、リタイアするよりもビジネスと釣りのどっちも充実できるということで移住を決断されました。釣りをするための時間を予めしっかり確保することが、仕事だけに流されず、仕事と趣味が両立し、より充実した生活を送るために需要なことであると分かりました。今度スノーピーク山井社長が書かれた著書「スノーピーク 好きなことだけ!を仕事にする経営」を読んでみたいと思います。
筆者から釣りをする方への提案
最後の章は「釣りをしよう〜釣り人のしあわせ〜」というタイトルで釣りをしない人、釣りをする人、それぞれに向けて筆者の提案が書かれています。釣りをしない人には、出張や山登り、キャンプや海水浴などのレジャーに竿をカバンに忍ばせて、ちょっとしたスキマ時間にルアーで「ついで」で釣りをしてみることを勧めています。ワタシは釣りをする人なので、釣りをする人に向けた筆者の提案の中で次のアイデアがとても面白くてそんな風になったら良いなあと思いました。
「釣り人Uber」:プロの釣り師ではないが、人より地元のよく釣れるポイントと釣り方を知っていて、人に教えてあげたり案内してあげてもよいなあという人が「釣り人Uber」に登録し、教えを請いたい人とスマホアプリで繋がり案内する。海や山に子供を連れて家族でキャンプに出かける際に、釣りの楽しみ方を子供に教えて欲しいなという親にはこのシステムはもってこいだと思います。よく、地元の主のような人がおせっかいで話しかけてくることもありますが、この釣り人Uberシステムを活用すれば現代にマッチしたコミュニケーションの方法で交流が生まれるのではないでしょうか。
まとめ
釣りは単なる趣味のひとつであり、「遊びや余暇」というイメージを持っておりました。休日に一人「今日は釣りに行ってくる」と行って出かけることに対して、パチンコに行って暇つぶしをするような多少の罪悪感を持っておりました。大漁で魚を持ち帰り、料理をして晩ごはんのおかずの足しになれば、どうだと言わんばかりに胸を張って自慢しますが、反対に自分自身にノルマを掛けながら釣りをすると、今日は大自然に溶け込んでリフレッシュしに来ているのか、労働に来ているのか、分からなくなり心から釣りを楽しむ自分がいなくなってしまいます。今回、釣りに関する5つの書籍を読んでみて、改めて釣りはもっと高尚で人生の一部であると改めて思いました。人間が地球上で育んできた、自然の中で生活し、狩猟生活を行う本能的な感覚を取り戻し、感性を磨く。一方で、釣りは仕事と同じライフワークの一部であり、成功を妄想してストーリーを創り、試行錯誤を重ねて成功へと導く。このように考えると、胸を張って釣りに出かけられそうです。今回紹介した著書をさりげなく机に置きっぱなしにしておくなんていうのも手かもしれません。できれば家族全員で一緒に釣りを楽しめたら最高ですね。
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